南アフリカ共和国ケープタウン発カルチャー&ビジネスニュース

彼氏ができた。
っていったらまずは・・・
「どんな人?有名人で言ったら誰に似てる?何してる人??」
そこから始まる、私も大好きガールズトーク。これは、アフリカでも一緒のようで、いつも女の子ばっかりで集まって、どんなお客様を給仕する時よりも真剣になるのは、いつでも素敵な男の子の話をしてる時。
ただひとつ違うのは、「どんな人!?」の前に
「白人?黒人?それともカラード??」ってくること。
これは差別とかから来る観念ではなく、11種類にわたる公式言語を持つユニークな国南アフリカで、本当に色とりどりの人が住まい、未だに色濃く残る民族独自の文化を垣間見ることができるケープタウンだからこそ、肌の色を知る事はその彼の背景や姿かたちをイメージする一番の近道だからだ、と思う、多分。
「黒人」といえば、
ここら辺に一番多いコサなのか、ヨハネスブルグ周辺のズールーなのか、西側が縄張り、ストゥなのか??はたまた諸アフリカから来た外国人???
「カラード」だったら
インディアン、マレー、黒人寄りなのか、白人寄りなのか、もはや明確な分類は不可能なくらい多岐に渡る。
「白人」と答えれば、
アフリカーンス系の白人か、ブリティッシュなのか、はたまたびっくり日本人・・・
「日本人は白人じゃないでしょ。」
思わず叫んだ私。
その時まで私は知らなかったけれど日本人は白人らしい、他の国のことは知らないけれど少なくともここ南アフリカでは。尊敬するウィキペディア大先生によれば、日本人はその昔、名誉白人として白人扱いを受けていたらしい。さすがは頼りになります。
当時のそれは今のように白、黒、混血、という観念はなく、白か黒か。二つしかなかったらしい。
「当時だったら私の子供たちもブラックだったんだから。」
とリネイが口火を切った。
リネイはカラードの女の子。マレー系アジア人と白人の混血の彼女は、白人の旦那さんの間に一男一女をもうけている。しょっちゅうレストランに遊びに来てくれるから私の数少ないランチ仲間でもあるとも言える。
彼らの肌は私よかよっぽど白くて髪の毛だって削りたてのかつお節みたいなふわふわの栗毛、愛らしい母親似の目元には父親譲りのよく動く澄んだ薄茶色の瞳、どっからどう見ても白人だ。それでも当時の社会であったら「黒人」なのだ。変なの。
「でもYUKARIは白人だから無償で教育も受けられるし、船でも電車でも、自由に乗れたんだよ。」とヘッドウエイターのナイジェルが話に加わる。彼もカラードのおじいちゃんで、満足に教育を受けられなかった彼は掃除夫から仕事を始めて、ドアマン、ページボーイ、などを経てヘッドウエイターになったのだと続けた。
「じゃぁ、中国人は?」
南アフリカで一番見かけるアジア人といえばやっぱり中国人だし。
「彼らはカラード。」
そんなのますます変!アフリカ人はしょっちゅう日本人と中国人間違えるくせに。かくいう私もたまに見極めるのが難しいときもある、特にスーツを着てメガネをかけたおじさんはみんな一緒に見えてしまう。それほど近い民族なのに何が違うのか。
それが政治なのだ。忌むべきアパルトヘイトと呼ばれる人種隔離政策のせいだ。それでも日本は当時から有数の貿易相手国だったから、(さっすが日本!!)その貿易相手国が非白人(=ブラック)で、船や電車に乗れなかったり、レストランに入れなかったりしたらいちいち厄介だから、日本人は「名誉白人」という位置に置かれたらしい。
じゃあ日本も貿易相手国じゃなかったらきっと、もちろんカラードなのだろう。
政治的経済的に価値があれば黒いものも白くなるって事??
地獄の沙汰も金次第?
勝てば官軍??
そんなの、ますます超ー変!
そもそも、人は外見で判断されるべきじゃないでしょ?
小学校の道徳の教科書を丸写ししたみたいなひねりのない文章になってしまったけれど、その時の私はそういうのが精一杯だった。
目や肌の色で判断されるなんて、日本に守られ甘やかされ、ぬくぬくぬけぬけ育ってきた私には分からないなぁ。羨ましいと思ったことはあっても。
でも、それが国の政策だったんだから仕方ないじゃない。あっけらかんというリネイ。南アフリカ人はいつもそう。物事に執着がないというか、諦めがいいというか、物事を深く考えるのが嫌いな人が多い。
「過去はどうあれお互い、いい時代に産まれたものよね。こうして今、一緒に働いてるんだから。」
「それというのも全部、マンデラ先生のおかげ!」
ふむ。
ところでその南アフリカアパルトヘイトの撤廃の一役を担ったネルソン・マンデラ先生は、こっちではスターだ。今回のワールドカップの閉会式の時だって、一番人々が盛り上がったのはシェキラがwaka waka歌っていた時でも、本物そっくりの象さんが歩いてきた時でもない。病状が危惧されていたマンデラ先生がカートに乗ってやって来た時、彼らの熱気は最高潮だった。狂おしいばかりに彼の名前を叫んでいた。日本で言ったらきっと、坂本竜馬かこち亀の両さんくらいの人気に違いない。
「そんなことより、男の子の話でしょ!?」
シャーロンが袖を引っ張る。
「そういえばね、来週からうちの息子がもうひとつ上のクラスに編入されることになったの!」
嬉しそうに自慢するリネイ。
ガールズトークはいつだって楽しい♪
ここに来る前、私は外国人の彼氏なんて考えられないと思っていた。日本のわびさびが分かってくれる、昔はやったアニメの話とか一緒にしてくれる、靴を脱いだら反対向きにちゃんとできる人がいいと思っていた。
でも…こうしてここにいると、毎日新しい発見があって例えば緑茶にちょっとお砂糖入れると美味しいとか、アンダーヘアを全て処理するのは衛生面から見て必要不可欠とか、日本にいたら考えもしなかったような事と沢山出会えて、全てがいい事ばかりではないけれど、全ての人はいい人だと思う。
新しいことを知るのは大好きだし、これからも学んで行きたい。
お互いの文化や慣習を尊敬し、教え、学び、そして愛する。
そしていつか、私に外国人の彼氏ができてもおかしくないと思う。
そしていつか、私がカラードの子供を生んで、その子供がまた子供を・・・
私が学んだこと全てを彼らに伝え、美しい日本の文化を後世に残してほしい。
そしていつか、このグローバル化社会、氷が解けていくようにいつか、地球人全員カラードになる日が、きっと来るはず!!!
宮城ゆかり
1985年9月6日生まれ / 埼玉県出身
山崎豊子さんの二つの祖国に感銘を受け法律に興味を持ち、法律家を志すもあっさり挫折。かろうじて大学卒業後、OLになるものの一年で挫折。類い稀なる健康体で小学生以来風邪も引かず、虫歯もなく、チャレンジ精神が旺盛なのが取り柄だが先読みが足らず後悔することが大半。
ケープタウンが大好きだけれどおばあちゃんの冷や汁も恋しいと思う24歳。
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(最終更新: 8月 6 日 22:58)