南アフリカ共和国ケープタウン発カルチャー&ビジネスニュース

わたくし事であるが、私の両親は盲目である。
二人の妹、海外旅行、授業参観、大学進学、普通の親がしてくれるであろうことをいつでも上回って彼らは私達に応えてくれた。200点満点の両親だと自信を持っていえる。私自身は50点にも満たない娘だけれど。
福利として、学校から呼び出しをされた時も、補導をされた時も、黄門様の印籠みたいなものでそれを盾にずいぶん罪を軽減していただいた。
また、両親が…という話をすると、誰でも勝手に、
本当は心優しいいい子なんだね。と勘違いをしてくれる。こんな絵に描いたバイキンマンみたいなのを捕まえて、何も知らないくせにそんな事を言われちゃうのも全て彼らのおかげ☆ありがたいのでもちろん否定をしたことはないが。盲人の子供というのは本当に得だと心から思う。次の人生も是非盲人の子供で生まれたい。
盲目の彼らには、障害を持った友達が沢山いて、私は昔から知っている、目玉のない人の目の中の皮膚の感触や、足を切断した人の足の形、脳に障害のある人とのコミュニケーションを取る方法など。
そして誰よりも知っている。彼らがどう、生きているかを。
さて、本題。皆さんはこれまで、夜の繁華街で車椅子に乗った人を見かけたことはあるだろうか。
私は、ほぼNOだ。
いや、正確に言えばNOであった。ここ、ストリップクラブで働くまで。
そう、今回は私の働くストリップクラブでの話。
ちょっと頭は薄いけど、ハンサムなアダムさんはビップサロンの常連である。いつでも一番人気の女の子を小脇に抱え、颯爽とビップに現れる。
お気に入りのウイスキー、ベルズのダブルをロックでオーダーし、いつでも声は小さめ、低めのジェントルマン。女の子にも好きなもの、バーテンダーにもチップを弾む、彼は間違いなくこの店の大上客である。
私ももちろん彼のことが大好きだ。いつでも、いかに彼にバーに来てもらうか、いかにお酒を頼んでもらうかを足りない脳みそを振り絞って考えている。
ただそれがなかなか難しい。なぜならそう、アダムさんにはバーカウンターは高すぎるのだ。車椅子にのったアダムさんがビップサロンに来る時は、何時でも誰か彼を車椅子ごと持ち上げなければならない。
そこに男性スタッフがいてもいなくても、お客さん達は当たり前に手を貸す。目当ての女の子が見ていなくてもだ。
そうして、まんまとビップサロンにアダムさんを迎え入れたダンサーの女の子達は、心優しいアダムさんにしなだれかかるわ、ひざに乗るわ、禿げ上がった頭をひっぱたくわ、あげくの果てには動かない足に興味を示し、ズボンをめくりあげる始末。初めの頃は見ているこっちの心臓がきゅっと絞り上げられたようにはらはらした。
でも彼は至って平静。もてる男は違うな、と思っていたら、次の日ビップサロンに新顔が現れた。
身長は軽く180センチは超えるだろう。ラグビー選手のような体格をした彼は、彼の体系とそっくりの特別大きな車椅子にのって二人の友達と現れた。右胸に22世紀を思わせるスチール製の携帯電話、ドリンクフォルダを搭載し、そこに瓶ビールを設置、ストローをさしておいしそうに飲み下す。口元にある四方八方に動くタイヤと連動するレバーを顎で器用に動かし、フロアを闊歩していた。またしてもダンサーの女の子たちは自由気ままにひざに乗っかったり、ドリンクをねだったり、好き勝手にしている。
そんな時、事件は起こる。彼の車椅子のタイヤが他のお客さんの足を踏んづけたのだ。
何しやがる!鋭い声が飛ぶ。
お前がとろいんだろ。と半笑いの彼。
一触即発のそのやり取りに慌てて彼らの友達が止めに入る。
恨めしそうにお互いに顔を覗きあうもののその場はそれで終わりになった、口論くらいここでは日常茶飯事だ。生まれて初めて本物のスタンガンをみたのもここ。
しかし、帰り際にまたひともんちゃく。
今度はその友達と、お金を払った、払わないで入り口付近で口角を飛ばし、顔を真っ赤にして言い争っていた。
私は驚いた。何をって、誰も障害者を障害者扱いしていないことを。
私は誰よりも知っている。日本ではみんな、腫れ物に触るように障害者と接することを。
日本であったら、まず車椅子に足を踏まれても文句は決して言わないだろうし、まずそもそも彼ら自身ストリップクラブに来るだろうか??
ダンサー達は健常者と分け隔てなく接する?彼らのひざの上でべろんべろんに酔っ払ったりするだろうか?
道はぼこぼこだし、点字ブロックなんてどこにもないし、スラロープだって、音楽のなる信号機だって見たことないけれど、私はここ、ケープタウンでまちがいなく、真のバリアフリーを見た。
真のバリアフリーとは、段差をなくすことでも、スラロープを作ることでも、エスカレーターの『開』ボタンを押すことでもない。
区別をせずに、その人そのものを受け入れること。助けが必要なら当たり前に手を貸し、それ以外は常に対普通の人間なのだ。それこそが真のバリアフリーなのであると、私はその夜、教えられた。
でもそういえば、この前母が言っていた。日本で今当たり前に敷かれている点字ブロック、音楽の鳴る信号機などはその昔、何人もの障害者の方々が命を賭して必要性を訴え、ようやく手に入れたものなのだと。今でこそ当たり前だけど、昔は歩きにくかったものなぁ、と回想にふける姿は何だか堂に入っている。なるほど、盲人暦40年のプロフェッショナルは何だか言うことに重みがある気がする!!
小さいもので言えば、どの電話機にもついている「5」、キーボードの「F」と「H」のボタンについている突起や、シャンプーのおなかについているしましま、テレホンカードやスイカについている切れ込みなどなどなど。無いと想像以上に不便なのよ~、とからりと笑って言っていたっけ。さすがコーヒーにオレンジジュースを入れ、洗顔フォームで歯を磨き、ウイスキーに冷凍餃子をぶち込んでもびくともしないうちの母ちゃんは器が大きい!
とか、感慨に浸っていたら、入り口のところで五体満足のストリートチルドレンならぬ立派なストリートアダルトが、今日も五体不満足のアダムさんに物乞いしている。
ダンサーの女の子たちは接客に備え、自腹を切ってテキーラをあおる。
ウエイトレスの女の子たちは自分の担当のテーブルに座ってもらおうと手ぐすねを引く。
私も慌ててハイネケンを冷蔵庫に突っ込む。
長い夜が始まる。
ケープタウンは今日も平和です。
宮城ゆかり
1985年9月6日生まれ / 埼玉県出身
山崎豊子さんの二つの祖国に感銘を受け法律に興味を持ち、法律家を志すもあっさり挫折。かろうじて大学卒業後、OLになるものの一年で挫折。類い稀なる健康体で小学生以来風邪も引かず、虫歯もなく、チャレンジ精神が旺盛なのが取り柄だが先読みが足らず後悔することが大半。
ケープタウンが大好きだけれどおばあちゃんの冷や汁も恋しいと思う24歳。
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(最終更新: 7月 19 日 8:46)