【宮城ゆかり的膝栗毛】その日、その時、ケープタウン

宮城ゆかり的膝栗毛

 三人姉妹の一番上に生まれた私。昔から運動音痴でスポーツに縁がなかった事や、サッカー部の男子から(他からもだけれど)もてなかった事も手伝って、その日まで知らなかった。
 ルールはおろか、オフサイドが何かなんて。

 2002年のワールドカップも、稼ぎ時だ!としか思わなかったし、キャプテン翼すら読んだ事はなかった。

 そんな私が何の運命の巡り合わせか、この地球の裏側でこの世界中の人々を虜にするこの祭典の目撃者になった。
 その日、ケープタウンは朝から雨。アフリカのくせに気温は10度を切っていたとかいないとか。とにかくみんな揃って、機関車みたいな息を吐いて、首をちぢこめていた。

 夏こそ晴れ続きで、美しい山並みやビーチを楽しめる絶好の避暑地のケープタウンだけど、冬は梅雨と節分がいっぺんに来たみたいでいいところなし。洗濯物は乾かない上に、冬ならではのお楽しみ、おコタにみかんも鍋もおでんも、あぶらののったぶりすらない。

 その日、ファンパークと呼ばれるケープタウン駅前にある大型ビジョンの前は黄色一色。もちろん自国の勝利を信じる沢山のカメルーン人からなるものだ。

 日本人サポーターは私を含めほんの4~5人ほど。日本人サポーターが少ないというのは想定していたものの、さすがに心細い。生まれて初めて声を荒げて国歌斉唱をし、黄色い人々からの注目を浴びた後、ふと見上げた空が気まぐれに雲をよけ、ファンパークに日差しを落とした。そして、180度になる虹が大型ビジョンを包むように架かった。写真にはうまく写ってくれなかったけど、それは本当に美しかった。
 神様とおばけと“今度ね”、は信じない私にも、これは吉兆だと感じさせるくらいに。

日本戦のこの日、ケープタウンのファンパークに、虹がかかった
日本戦のこの日、ケープタウンのファンパークに、虹がかかった

 サッカーのことは何も知らない。でも、みんながみんな負けると言っていたから、負けるのだろうと漠然と思っていた。正直、その日観戦に行ったのも、仏教徒じゃないけどお正月は初詣にいってみようとか、クリスチャンじゃないけどクリスマスにはチキンが食べたいとか、あんまりお世話になっていないけどみんなしてるからバレンタインに義理チョコあげなくちゃ、とかそういった類の気持ちだった。生来のお祭り好きがついに実を結んだのだ。

 兎に角、カメルーン人も同じようにまさか日本に負けるなんて、と思っていたらしく、一点先取されて迎えたハーフタイムにもとてもフレンドリーで、日本人サポーターと写真を撮りたい、と沢山のカメルーン人に囲まれて写真攻めにあった。ちょっと芸能人になったみたいで嬉しかった。

 その中に、ビヨンセみたいなセクシーなカメルーン人のお姉さんがいて日本が大好きで、カメルーンの次に応援しているのは日本なのに初戦で当たっちゃうなんてね!と私に話しかける。日本に行った事もあるんだから、と得意げに続ける。中津江村って知ってる?と聞かれ背中を向ける。それは、中津江村・カメルーンとプリントされたシャツだった。

 無知すぎる私はそこで、
 「あ、日本語だね。」
 としか言えなかった。本当に悔やまれる。2002年のワールドカップで彼らがそこでキャンプをしていたなんて、あの日の私には知る由もない。

 後半も攻撃の手を緩めることなく果敢に攻める日本。ミスをしたり、カメルーンが優勢になると、200本以上にもなるであろうブブゼラが一斉にひるがえり、私たちの耳をつんざき、信号機にも似たあのカラフルな国旗が空を切る。

 まだ真新しいプラスチックの匂いの残るブブゼラを握る私の手にも力が入る。でも左手には、18ランドで買ったばかりの3杯目のビールがあるから気をつける。チップも入れたら20ランドだ。

 まだブブゼラをうまく吹きこなせないせいか、これまでの習慣か、ついいい場面になるとブブゼラを吹くより声を上げてしまう。

 そして、そのままの試合終了。
 99%の人々がカメルーンを応援する中、(少なくともケープタウンは)誰も勝てないであろうといっていたその試合を彼らは勝ったのだ。

 気付けば雨は上がり、すっかり暗がりだ。叫びすぎてのども痛いし、息も上がっている。それでも鳥肌がたっているのは、寒さからだけではないはず。
 巨大テレビ越しに見る日の丸が一段とまぶしかった。

 第二戦、対オランダ戦。
 前回にも増して日本が影を潜める。南アフリカはオランダからの影響を多く受けているらしく、南アフリカの公用語のひとつ、主に白人と混血種の人々の使うアフリカーンスもオランダ語からなるものだし、移民も多いらしい。そんなわけで、今回ファンパークはオレンジ一色!中にはハイジまでいた。

 試合は健闘するものの惜敗。今回は本当のファンとして見守っていただけに悔しかった。試合後は、オランダ人が前の人の肩に両手を置いて列を作り、奇声を上げてファンパークを練り歩く。嬉しそうに私たちを見下ろす。

 「ソーリー、ジャパン」とも言われた。
 悔しいけどどうする事もできず、ファンパークを去る。フーリガンの気持ちが生まれて初めてちょっとわかった。わかったところで腕立て伏せ五回もできない私にはどうする事もできないけど。頭に赤白のアフロをかぶり日本の国旗をマントにする私たちに、道行く人々が結果を尋ねる。

 表情から察知してもらいたいものだと痛切に思うが、アフリカでそんなのは通用しないらしい。
 ちくしょう。次こそ負けない!

 第三戦、対デンマーク戦。
 私にはFIFAが何を考えているのかわからない。こんなに沢山のスタジアムを作っておきながら、なぜ同じ日、同じ時間に二試合重ねるのだろうか。

 その日、午後八時半からはオランダ対カメルーン戦がグリーンポイントスタジアムで執り行われた。そう、日本対デンマーク戦と同じ時間にだ。
 その日、ケープタウンはオレンジで包まれた。私が働くレストランも朝からオレンジ一色だった。そこだけではない、グリーンポイントのメインロードの一部が全面閉鎖、他の部分は半分閉鎖になり全ての道沿いの店が、オレンジに飾った門扉を開き生バンドがその試合の開催を祝う。

 どこのレストランもいっぱいで入れなかった。もちろんほっぺたに日本の国旗をつけている人なんて、その日鏡の中以外には見つけることはなかった。

 進退のかかる大事な第三戦がよりにもよって、オランダ戦に邪魔されるのは何だかオランダのせいじゃないのに腹が立った。仕事中もあまりオランダ人に優しくなれなかった。

 仕事放り出して喜び勇んで三度目となるファンパークに行くものの、そこでも中継されていたのはオランダ戦。焦って他の場所にも足を運ぶものの中々日本戦を中継しているところは見つからない。それというのもこの試合のチケットは売り切れらしくチケットを手に入れられなかったオレンジの人達が街のいたるところにいたのだ。

 やっと見つけた小さなパブに着いたとき、既に日本は一点入れていた。周りの人々は自国の三位が決定した南アフリカ人ばかりであまりこの試合に興味はなさそう。

 あんまりだと思った。ブブゼラを吹いたら怒られた。以前は民族楽器だといってどこでもかしこでも鳴らしていたのに。
まぁ負けちゃったから気持ちもわからなくはないけれど。

 そんな逆境にもまけず素晴らしい試合で16位進出を果たした日本。
 またこの地で、君が代を聞けることを本当に嬉しく思う。
 私たちの誇る青い11人のサムライが、この地でまた神風を吹かすこと、間違いなし。


著者プロフィール

宮城ゆかり宮城ゆかり
1985年9月6日生まれ / 埼玉県出身

山崎豊子さんの二つの祖国に感銘を受け法律に興味を持ち、法律家を志すもあっさり挫折。かろうじて大学卒業後、OLになるものの一年で挫折。類い稀なる健康体で小学生以来風邪も引かず、虫歯もなく、チャレンジ精神が旺盛なのが取り柄だが先読みが足らず後悔することが大半。
ケープタウンが大好きだけれどおばあちゃんの冷や汁も恋しいと思う24歳。
ご意見・ご感想など >> 著者メールアドレス



[関連記事]


(最終更新: 6月 29 日 22:15)



Trackback URL

タグ - 関連キーワード


新着記事



新着・お知らせ情報一覧

[お知らせ一覧ページ]

ケープタウン新聞RSS

RSSケープタウン新聞をRSS購読する

ソーシャルブックマーク登録

はてなブックマークに追加 はてなブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 Delicious livedoor クリップに登録 twitterでつぶやく mixiコミュニティ - ケープタウン新聞 muti

アクセスランキング

    None Found
【2010 W杯特集】2010 FIFAワールドカップ南アフリカ大会 開催会場完全ガイド

賃貸・不動産情報国内最大級のホームルーム