南アフリカ共和国ケープタウン発カルチャー&ビジネスニュース

世界で最も美しい町のひとつ、ケープタウン。つまりは世界中で愛されている町っていうことになる。
あなたもここでたくさんの友達を見つけるはず。
この地へとやって来る人間には、大きく分けて二種類ある。
ケープタウンは日本でこそ知名度は低いが、ヨーロッパではすでによく知られたリゾート地であるらしく、目立つのはやっぱりヨーロピアンたち。
彼らの食欲、行動力、好奇心などがすなわち即、この町のお財布となる。なんといっても観光業は最大の収入源だ。ちなみに私の今働くレストランはケープタウンでも有数の高級店である。けれど、彼らは口をそろえて、安い、安い、と大きなおなかをゆすって喜ぶ。
ここに来る前なら私もそう思っていた一人だったはず。今は三点倒立しても言えやしないけど。
そして、サッカーだってこの町の経済だって、一人試合はできやしない。そう、ヨーロピアンという得点王を抱えた今、もちろん必要なのは彼らの欲求を120%の満足で応える鉄壁のディフェンダーである。
即ちアフリカ各地から南下してきた出稼ぎアフリカ人達のこと。ナミビア、ボツワナ、モザンピークなど南部アフリカ周辺国を筆頭に、エチオピア、ケニア、コンゴ、ガボン、マリ、ナイジェリア、マダガスカル人まで!
私は多くのアフリカ人達と今働くレストランで出会ったが、いつでも彼らは本当に働き者。お金を稼ぐんだという目的意識を持っているせいか、休憩さえ惜しんで働く。
南アフリカ人と私が店の隅っこで鼻の穴か携帯いじってる間も、ひっきりなしに自分の受け持ちのテーブルに気を配る。本当に頭が下がるばかりだ。
中でもウガンダ出身のレジェンドはとびきりよく働く。加えて、柔和な性格で頭の回転も速く、気さくで謙虚な彼のテーブルに座った人なら、誰しもチップを弾まずにはいられない。長男らしく面倒見もよく、東アジアの果てから来た女の子の教育係を公言し、レストランで働いたこともない私に根気よく、1からざっと160くらいまで教えてくれた。
お陰でワイングラスを一気に13個運べるという今後必要になることはなさそうな特技を得た以外にも、自分の好みじゃない異性から連絡先を聞かれたときの対処法とか、ワインをもう一本多く頼んでもらう方法、チップを沢山貰った時のリアクションまで教えてくれた。また、日本に関心を抱いているらしく、私の東京での写真を目をきらきらさせて眺め、一枚一枚説明を求めたりする、特に車、ファッション、建築、刺青に興味があるらしく、繰り返し写真を眺めてはため息をつく。
そんな彼とこの前、映画を見に行った。年齢差を理由に振られた彼氏が世界各地での異文化交流や社会貢献を通して人間的に成長し、再び再会し結ばれるというなんてことないラブストーリーだったのだがその中盤、彼がぽつりと言う。
「俺もウガンダ人じゃなかったら…」
その言葉の真意を理解できなかった私は不躾にも
「なんでウガンダ人じゃだめなの?自分の国に誇りを持つべきだよ。」
なんて知ったような口をきいてしまった。
「YUKARIが羨ましいよ。」
レジェンドがほほえむ。
それがなんだかとっても気になって映画の後、パップ(とうもろこしの粉を水で練ったこちらで最もポピュラーで安価な主食のひとつ)をほおばりながら、再度聞いてみた。
少し何かをためらうような表情の後、滑らかに動かし続けていたナイフとフォークを止めた。
ちなみに、未だに私はナイフとフォークで食事を摂ることに慣れていない。郷に入れば郷に従えと昔の人はいったものだし、私もそう思うから努力はしているのだが、なかなか一筋縄ではいかない。中学生のとき、家庭科の時間に出刃包丁と刺身包丁の違いについて学んだのを思い出した。そんな事いいからナイフとフォークの使い方を教えてくれたらよかったのに。こっちで何度思ったかわからない。つい癖でひょいと食器を持ってしまう。日本の文化である食器を口元に持っていくという行為は、こっちでは大変下品なことらしい。どれくらい下品なのかは未だによくわからないし、様々なレストランで食器を持ち上げまくった今となっては自分のためにも聞かずにおこうと思う。
とにかく、レジェンドがゆっくりと口を開いた。彼はいつもそうだ。いつでも難しい単語を避けて、ゆっくりとはっきりと話しかけてくれる。
彼が言うには、ウガンダ人がアフリカを出るのはとても難しいことらしい。例えば日本に行くには、日本人の知り合いが先ず必要で、その人が日本での彼の行動の一切の責任を持つ旨を書面にし政府に提出しなければならない、また本人が大手企業での就業、持ち家、一定額以上の貯蓄額を証明しなければならない。それでも許可が下りないことは珍しいことではなく、彼自身何年も前からパスポートでさえ申請中だけれど未だに発行には至っていないらしい。
「日本がそんなに不親切だとは知らなかった!」
憤る私に、
仕方ないよ、そうでもしないとウガンダ人はみんな日本に行ってしまうよ、と力なく笑う。
ふむ。そうか、それもそれで困る。
あれ、でもパスポートなしで、どうやってここまで来たの?訝る私を尻目に、
政府が発行したというスタンプが一つ突かれた紙を一枚握り締め、座席も倒れないバスに三日半揺られて来たのだとこともなげに言う。
「三日半!」
思わず声を上げた。同時にケープタウンまでの一日半のフライトが本当につらかったのを思い出した。足の先に血が行き届かず、トイレで踏み台昇降運動を試みたり、アルコールを摂取すれば血の巡りがよくなり、このエコノミー症候群が改善されるのではという都合のいい仮定の下、ワインをがぶ飲みして結果足がむくんだ挙句、気持ち悪くなったことも思い出した。思い出したくなかったのに。
「辛くなんてなかったよ、ここで働くアフリカ人達はみんなこうして来るんだ。」
という。
「辛いのは、思い通りに旅行もできないこと。俺だって今日の彼のように世界中を旅して、貧しい人たちを助けたりしたいのに、俺達にはそれも許されない。」
眉間にしわを寄せ、唇をかんだ。なんて答えたらいいのかわからない。
今までレジェンドはどんな気持ちでいたのだろう、いくつも年下の女の子がこうして自由に世界中を旅していることを。どんな気持ちでいつも、私の写真を眺めていたのだろう。日本に生まれた私には到底わからない。
「YUKARIが羨ましいっていったのはそういうこと。好きなことを思いっきりやってほしいよ、若くて、日本という本当に恵まれた国に生まれて、白くて綺麗な肌をもっているんだから。」
私と同年代だというレジェンドの愛車がうちの玄関先に止まった。
「嬉しかったよ。一緒に出かけられて。大概アジア人の女の子は黒人の男と出かけないからね。気づいた?みんなが俺達を見ていたの。気持ちよかった!」
くったくなく笑ったレジェンドだけど、暗に人種についての話だと気づいた私はうまくリアクションが取れなかった。
私にいつも優しく微笑むケープタウンも、レジェンドには必ずしもそうではないのかもしれない。
また胸の奥がちくっとした。
「また明日、レストランで!」
そういって車を降りた。
日本ではもちろん見たこともないようなデザインの彼の愛車のパワーウィンドは年中休暇中だし、助手席のドアは内側からは開かない。だからどんな時でも必ず彼が助手席まで回って扉を開けてくれる。その瞬間はなかなかここちよい。
古い車というのもなかなか悪くないとひとりごちる。
愛車が一つのクラクションのあと、限界だといわんばかりのうなり声を上げて走り去った。
今日は色んなことを学んだ気がする。私は恵まれていたのだ、日本に生まれ、世界中に行ける喜びと、何でも買える幸せを知っている。
ここにこなければ、パスポートを持っていることなど、全く不思議に思わなかったであろう。
今度はわたしからも聞いてみよう、彼が世界一だと自負する美しいウガンダのことを。
いつか行ってみたいものだ。
ありがとうレジェンド、もうそれが当たり前だなんて思わないよ。
そして明日からもまた、よろしくね。
宮城ゆかり
1985年9月6日生まれ / 埼玉県出身
山崎豊子さんの二つの祖国に感銘を受け法律に興味を持ち、法律家を志すもあっさり挫折。かろうじて大学卒業後、OLになるものの一年で挫折。類い稀なる健康体で小学生以来風邪も引かず、虫歯もなく、チャレンジ精神が旺盛なのが取り柄だが先読みが足らず後悔することが大半。
ケープタウンが大好きだけれどおばあちゃんの冷や汁も恋しいと思う24歳。
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(最終更新: 6月 3 日 2:41)